2014・12・14 フーズフーテスト
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誰が誰をどう思っているかを調査する。この心理調査の結果は、客観的である。
以前、ウィキペディアにこんな風な説明があって、
似たような説明のホームページが出てくることがあった。
私は寺島弘隆の例を、心理学・教育関係者のあらゆるところに持って回り、
その見解の否定を、言って回った。
自分たちと同じレベルの中から、ちょっと目立つ人物がいたら、
回りはねたみとやっかみで、その人物の足を引っ張る。
こういうケースは、政治の世界でも普通に見られるし、
きっと色んな場面で見られるだろう。
ちょっと軽いやっかみのセリフを吐くレベルもあるが、
政治の世界となると、生きるか死ぬかの本気のバトルである。
良心も節度も後回し。
子供の世界だって同じである。日常の大人の世界も同じである。
ある人Aがある人Bを好きになった。
ところがAが好きになったBは、別の人Cを気にしていた。
そうなると、AはCを、ねたみやっかみこきおろす。
AはCを嫌いだと書く。
その調査結果は、Cの人物好感度を、客観的に示している、として、
Cが問題視され、「心」が指導対象とされる。
Cは、まったく理由の思いつかないAの反感憎悪を、非常にうっとうしく思っていた。
Cは、Aを嫌いだと書いた。
教諭は、Aに訳も無く悪感情を抱くCという人格の方を問題視して、
懲罰を下すことを決定した。
こんな可愛らしい子を嫌うなんて、お前の性格を見抜く、私の眼力を見損なってはいけないよ、と。
その他大勢が自分に味方してくれるから、Cをつぶす方が良いと考えた。
Cみたいな普通でない成長いびつな子なら、文句なしにつぶれてくれて、一生浮かんでこない。
我が身は誰にも攻撃されること無く、人気を博して無事安泰であること間違いなし。
そこで、家庭で人格を殺せ、懲罰を与えよ、とやったのだ。
そしてAを持ち上げて、Cの目の前でひけらかした。
教諭のいやらしさは人間ではない。陰謀と策謀が好きな、邪悪な人間である。
心理テストは、人の心をいじくり回したいという願望を持つ人間の、
欲望を動機付けする道具である。
私は、負け犬の遠吠えみたいだと自分でも思うが、でも何でも、かまわない。
私は、人がすぐに忘れるだろうと思うから書くのだ。
子供の世界もねたみとやっかみだらけである。大人も同じである。
こういう憎しみは、人間世界では止む事がない。
歴史も、こういう人間同士の好悪で回るのだろう。