南京大虐殺・従軍慰安婦問題と今井登志喜「史料批判」
                    (一橋大学・社会学部あて)                2013.12.13

                                                私の仕事内容へ戻る

一橋大学社会学部長だった南京事件専門家の藤原彰氏の活動に、気になることがあります。
偕行社『南京戦史資料集』の元兵士の手書き日記の真贋判定に、どうして言及されなかったのでしょうか。
吉田裕氏もおられることですし、社会学部として、ご一考いただけないでしょうか。

東大西洋史の今井登志喜は、昭和10年に小冊子『歴史学研究法』を書き、
その中で、「考証」という言葉の代わりに「史料批判」という言葉を使う、
と述べ、その内容を説明し、さらに具体的な作業例をもって解説しました。

しかし現在、「史料批判」という言葉が使われても、
今井登志喜の説明とは違う意味内容で使われ、本来の検討作業に支障をきたしています。
その顕著なものが、「南京事件」や「従軍慰安婦」問題の場面です。

例えば「史料批判」の手続きの第一歩は、「史料が本物かどうか」を検討することです。

 (1)偽作でないかどうか(真贋の検討)

  1. その史料の形式が、他の正しい史料の形式と一致するか。
    古文書の場合、紙・墨色・書風・筆意・文章形式・言葉・印章などを吟味する。
  2. その史料の内容が、他の正しい史料と矛盾しないか。
  3. その史料の形式や内容が、それに関係する事に、発展的に連絡し、その性質に適合し、蓋然性を持つか。
  4. その史料自体に、作為の痕跡が何もないか。

    参:「歴史と証明」
      http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
        (史料批判T 外的批判(1)偽作でないかどうか(真贋の検討)より )

しかし私は、2010年、出版後24年を経過した一般向け新書に、その真贋が非常に怪しい、
元兵士の手書き日記を見つけました。

それは秦郁彦著『南京事件ー虐殺の構造』中公新書1986年、p131掲載のものです。

  現物写真版「井家又一日記」
  http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbanniiemataitinikki.html

私が不審に思う理由は、
 長い戦闘を経てきたあげく、335名の射殺と書きながら、
 筆勢に乱れのない達筆であること、

 日用の口語文で、虐殺の現場でありながら、
 早書きの草書はまだしも、

 書くのに時間のかかる、日付の大字(画数の多い字)や、
 使っている変体仮名に、崩しの少ない草書体の漢字を当てていること、

 昭和12年(1937年)は、
 公教育で現代ひらがなが使われるようになった明治33年(1900年)から、
 37年が経過していて、7歳+37年=44歳以上でないと、

 普通の教育では変体仮名を目にしないにもかかわらず、
 (日用の筆記目的では、必要と思わないから無関心だろうということです)
 現場兵士として変体仮名を多用し、

 それほどの教養の片鱗をのぞかせながら、日本語の文章としておかしいこと。
 例えば、

  新聞記者が此を記事にせんとしてとして自動車から下りて来るのに
  日本の大人と想ってから 十重二重にまき来る支那人の為      
  流石の新聞記者も つひに 逃げ去る。
                                                  
  本日新聞記者に自分は支那売店に立って「いる」時、一葉を取って行く。

  外人家屋の中を歩きながら しみじみと眺めらされるのである。等

 歴史的仮名遣い「ゐる」の代わりに、
 戦後になってから使うようになった現代仮名遣い「いる」が使われていること。
     (かな連綿では、「る」の横棒はしばしば消えます)

 軍隊では使わない、兵器「捕獲」という言葉。本来なら「鹵獲」であること。

 筆記具がペン字なら、戦場での使用は不自然ではないかといういこと。等々。

一橋大学の関係者には、戦前の日本人の手書き文書を知っているような、長老がおられるでしょう。
その方々に、秦郁彦『南京事件』p131の手書き日記の拡大コピー等を見ていただき、
私の疑問について、考えてみていただけないでしょうか?

ここで特に問題なのは、
偕行社『南京戦史資料集』1989年に収められている日記だということです。

つまりそこに至るまでに、元陸軍将校の団体・偕行社の手を経ており、
偕行社所属の専門家の手を経て、解読されて活字になっているものなのです。

実は、私は2012年6月に、古文書学会向けに、
「南京事件元兵士日記の、偽作の証明に向けての一考察」(26枚)という論文を書きました。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html
     (根拠史料として、幕末から昭和10年までの、著名人の手書き手紙画像174点をリンク)

ここでは私は、井家又一日記は偽作であり、解読者がこれを握りつぶした、という理解をしています。
つまり、解読作業に従事しながら、何も疑問を述べなかった、「偕行社所属の専門家」がおかしい、と思うのです。

しかしながら、半年後の去年の今頃、不採用という簡単な文面とともに、原稿が返却されてきました。
         (ホームページに論文原稿をUPしたのは去年の今頃です)
私としては、国際問題に関わる重大問題なので、その追及のきっかけになればと思っていたのですが、
その後の対応が読めません。社会問題に関わる重大問題でもあるので、不安が続きます。

そこで、もう一度再鑑定を依頼するところはないかと考えました。

私は最初、戦前の兵士の手紙がありそうな靖国神社か、偕行社に依頼しようかと思いました。
しかし、靖国神社の中に偕行文庫があるし、またこのような経緯では、
靖国神社も偕行社も、内部の立場によって、相当食い違いが出そうだと思いました。

現状は、政府も(?)メディアも出版界も教育関係者も学会も、大方は南京大虐殺を肯定している形です。

何と言っても、解読責任者の一人である藤原彰氏は、中国戦線を戦い抜いた元陸軍将校であり、
東大歴史学を出て、一橋大学教授・社会学部長となり、歴史学研究会委員長も務められた、偕行社員でもある方です。

そのような方を含む人たちが、集団で、私が挙げたような疑問点を全く取り上げずに、
南京事件の証拠資料として、偕行社編『南京戦史資料集』を作ったのです。

つまり、彼ら戦闘経験者がその史料の真贋に太鼓判を押した形ですので、
それを疑う人が出るのが、難しい状態が続いたことは確かです。

しかし疑問の確認方法は、何も専門家のみにゆだねられているわけではなく、
私たちの身近な年長者が、その鍵をにぎっている可能性が高いものです。
ですから、心当たりを当たってみていただけないでしょうか?

読みにくいのは残虐行為を日記に書くことを隠そうとしたからでしょうか。
しかし数字の大字など、読める文字を複雑にしても意味はありません。

読めないようにする工夫、とするなら、解読はできているし、
また、その工夫だけで、当時の検閲では怪しまれそうで、
そのような小細工に意味があったかどうかも疑問です。

また、古い時代の教養深い人物のような書き方でありながら、現代仮名遣いを使い、
焦って文が乱れたのかと思われる状態でありながら、複雑に凝った文字を使うという矛盾は、
どう理解すればいいのでしょう。

とにかく、偕行社の解読者は、難読・不可解表記の一切について、全く言及することがありません。
これは、歴史研究の基本の「キ」を無視した姿勢です。

井家又一日記は、秦『南京事件』p281によると、秦氏が二人の元兵士から手渡された、ということになっています。
また、南京戦史資料集では17点もの日記が掲載されております。(他の本に掲載されている日記も多数)

戦時中は厳重な検閲で国内に事件の情報を持ち込めなかった、
だから、日本人は知ることができなかったのだ、と、言われています。(秦著、また笠原十九司著の新書)

しかし、ではどうやって日記を持ち込んだのか、その方法は?となると、
誰も調べようともしなかった、という不思議もあります。

(もしそういうことがあったなら、厳重な検閲とは逆に、抜け道が非常に多かった、ということになります。

 情報管理が気になる方なら「突き止めるべき重要事項」であるはずです。
 戦前の検閲厳重を強調する立場なら、どうくぐりぬけたのか、を、まず気にしなければならないはずです。

 それなのに、誰もがこの問題を無視しているのは不思議です。)

p191の中島今朝吾日記はカタカナの連綿です。
カタカナなら読み違いはないはずと思って読もうとしましたが、

読めないものを読んでいる部分がありはしないかと、気になりました。

p289の宇和田日記も疑問に思っております。写真版「宇和田日記」
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbannuwatayaitinikki.html

また、戦闘詳報などの公文書は、米軍押収後に、マイクロフィルムで返還されたものが数多くあるようです。
(歴史科学協議会編『歴史科学入門』三省堂1986年、p186藤原彰筆)

どれがマイクロフィルムなのか、私が見た限りでは特定しないようです。
しかし、史料が本物かどうかを確かめる、という、第一歩の作業手順からしたら、
旧敵国からの返還物の利用には、細心の注意が必要であることは、言うまでもないことです。
ここでも基本を無視しているのは問題です。

また、従軍慰安婦問題で有名な吉見義明氏にも疑問があります。

『現代歴史学と南京事件』柏書房p194に、
吉見義明氏の「南京事件前後における軍慰安所の設置と運営」という論文があります。

ここに、吉見氏が古書店で購入した「渡辺進軍医大尉日記」というものが、
大幅に引用されています。

軍医日記には、日本軍の「衛生」?問題が、事細かに説明されています。

日本軍の軍医が、かくも専門的?で、日本軍の誇りと気概を真っ向から否定するような記録を、
詳細に書き残したあげく、厳重極まりない検閲を、命がけでかいくぐって持ち帰り、
それを古本屋に売ったりするでしょうか?

そしてそれが、70年もたった今頃、うまい具合に吉見氏の手に入る。
出来過ぎではないでしょうか。しかし吉見氏は、全く疑おうとしなかったようです。
それを考えてみない、従軍慰安婦問題専門家というのは、非常に変です。

そして自分の論文に、真贋の検討について全く触れないまま、その日記を引用しています。

そもそも、『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』教育史料出版会1997p190で、
渡辺春己弁護士が、吉見義明氏を相手に、今井登志喜『歴史学研究法』を語っています。

史料批判の中の、内容を検討する部分で、後半の虚偽証言の可能性の部分を「省略」して紹介しているのです。

この本でわかるのは、渡辺弁護士が今井登志喜『歴史学研究法』をよく知っていることです。
                   (例えばp217後ろから6行目、「書証についてはその真偽」)

吉見氏ご自身が読まれたかどうかはわかりませんが、
渡辺弁護士が、今井「史料批判」を知りつつ、他のメンバーには、その内容を解説していない、ことはわかります。

そして、吉見氏はその後、古書店から買った元軍医の日記を、真贋の吟味抜きで引用しているのです。

吉見氏が、真贋に疑問があると承知しつつ、論文に軍医日記を引用した可能性が、ないわけではないと思うのです。


2013年11月21日、関東学院大学経済学部の林博文教授が、
慰安婦問題で新たな資料を発見されたそうです。

しかしその報告の仕方には、歴史研究の基本が抜けているのではないでしょうか。
それを指摘する人もいない、というのが気になります。

つまり、戦争当事国同士の情報戦の一環として捉え、
内容に「虚偽」の可能性があるかないか、という論考を添えるのが、
歴史学者としての良心的な姿勢というものです。

昭和10年、東大西洋史の今井登志喜は『歴史学研究法』という小冊子で、
「虚偽」についても、一通り解説しています。

[虚偽の例]
     1、自分あるいは自分の団体の利害に基づく虚偽
     2、憎悪心・嫉妬心・虚栄心・好奇心から出る虚偽
     3、公然あるいは暗黙の強制に屈服したための虚偽
     4、倫理的・美的感情から、事実を教訓的にまたは芸術的に述べる虚偽
     5、病的変態的な虚偽
     6、沈黙が一種の虚偽であることもある

事件の当事者の報告は、その事件を最もよく把握している人の証言だ、
という意味では最も価値がある。

しかし一方、当事者はそのことに最も大きな関心を持っているために、
時として利害関係・虚栄心などから、真実を隠す傾向がある。

この点においては、第三者の証言の方が、信頼性が高くなる。
錯誤はなくても虚偽が入るのだ。(当事者報告の虚偽の可能性)

   *参考:「歴史と証明」
      http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
        (特に史料批判U 内的批判 [虚偽の例])

戦争当事国同士では情報戦を予想し、歴史学者としては、
ストレートに証拠として扱うわけにはいかない、ということを了解事項とするべきではないでしょうか。

先述の渡辺弁護士は、このように重大な基本問題を、本という公開の場面でありながら、説明しようとしないのです。


以上、このように、靖国神社に近い、元陸軍将校たちの団体が、その真贋判定が非常に奇妙に思われる、
南京大虐殺証言日記という文書群を発掘?(捏造加担?)して、
社会に流している、ような気がするのは不安です。

また、従軍慰安婦問題専門家も、偽作文書を流している可能性があるのではないかと、不安です。

それを、政府・メディア・出版界・教育・学会・裁判等を通して、一般社会に拡大拡散しているような気がするので、
非常に不安に思っています。

歴史学的な「事実の検討の仕方」さえも、流通させられないこの社会は、どうなるのでしょうか。