一般社会の歴史知識から消す?
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2013.12.10
とにかく日中韓関係は難しい。
常に本当のことなど、大して役に立たない展開だから。
もし仮に、日中国交正常化以降に、
南京大虐殺の証拠資料捏造と、日本国内への宣伝工作に、
中国や米国の政府機関が関わっていた、
という認識が、日本国内に広がり始めたら、
米国は、あるいは事実認識の問題で交渉できるのではないか、
という気がするけれど、中国はそうはいくまい。
これまでの経験からすると、捏造・宣伝工作疑惑を逆手に取って、
国内の反日活動を活発化させ、武力活動を積極化しかねない、という気がする。
しかしだからと言って、このまま日本国内で、南京大虐殺を事実であると、
教え続けるわけにもいかないだろう。
これほど大規模な工作が必要な事件なんて、そもそも、なかったのではないか、
という心象が強くなるが、
南京事件論争の経過をよく知っている人たちの、
知識の再検討の結果を聞いてみたいものだ。
あるいは、全く表面化させないまま、一般社会の歴史知識から消す、
という方法もあるかもしれない。
どうも、コンスタンティヌス寄進状などは、そのケースではないかと思う。
前方後円墳5200基もそうだし、今井登志喜『歴史学研究法』もそうだ。
スペイン太平洋航路もそうだし、奉安殿の話もそうだ。
ーーー全く。
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以下、日教組に出しました。「戦前の日本人の手書き文書を知る方に」
歴史学研究の基本に、「史料批判」という考え方があります。
その手続きの第一歩は、史料が本物かどうかを検討することです。
(1)偽作でないかどうか(真贋の検討)
1.
その史料の形式が、他の正しい史料の形式と一致するか。
古文書の場合、紙・墨色・書風・筆意・文章形式・言葉・印章などを吟味する。
2. その史料の内容が、他の正しい史料と矛盾しないか。
3. その史料の形式や内容が、それに関係する事に、発展的に連絡し、その性質に適合し、蓋然性を持つか。
4.
その史料自体に、作為の痕跡が何もないか。
参:「歴史と証明」
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
(史料批判T 外的批判(1)偽作でないかどうか(真贋の判定)より
)
南京大虐殺論争では、証拠として採用されている文献が、本物かどうか、という検討がなされていません。
たとえば、以下に紹介する、写真版元兵士の手書き日記。
私は、これはニセモノであろうと思います。
南京大虐殺論争では著名な論者、秦郁彦著『南京事件ー虐殺の構造』中公新書1986年、p131掲載
現物写真版「井家又一日記」
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbanniiemataitinikki.html
私が不審に思う理由は、
長い戦闘を経てきたあげく、335名の射殺と書きながら、
筆勢に乱れのない達筆であること、
日用の口語文で、虐殺の現場でありながら、
早書きの草書はまだしも、
書くのに時間のかかる、日付の大字(画数の多い字)や、
使っている変体仮名に、崩しの少ない草書体の漢字を当てていること、
昭和12年(1937年)は、
公教育で現代ひらがなが使われるようになった明治33年(1900年)から、
37年が経過していて、7歳+37年=44歳以上でないと、
普通の教育では変体仮名を目にしないにもかかわらず、
(日用の筆記目的では、必要と思わないから無関心だろうということです)
現場兵士として変体仮名を多用し、
それほどの教養の片鱗をのぞかせながら、日本語の文章としておかしいこと。
例えば、
新聞記者が此を記事にせんとしてとして自動車から下りて来るのに
日本の大人と想ってから 十重二重にまき来る支那人の為
流石の新聞記者も つひに 逃げ去る。
本日新聞記者に自分は支那売店に立って「いる」時、一葉を取って行く。
外人家屋の中を歩きながら しみじみと眺めらされるのである。等
歴史的仮名遣い「ゐる」の代わりに、
戦後になってから使うようになった現代仮名遣い「いる」が使われていること。
(かな連綿では、「る」の横棒はしばしば消えます)
軍隊では使わない、兵器「捕獲」という言葉。本来なら「鹵獲」であること。
筆記具がペン字なら、戦場での使用は不自然ではないかといういこと。等々。
日教組にも、戦前の日本人の手書き文書を知っているような、長老がおられるでしょう。
その方々に、秦郁彦『南京事件』p131の手書き日記の拡大コピーを見ていただき、
私の疑問を見ていただけないでしょうか?
この日記は、出版からすでに27年が経過している新書本に掲載されているものです。
また特に、偕行社『南京戦史資料集』1989年に収められている日記です。
つまりそこに至るまでに、元陸軍将校の団体・偕行社の手を経ており、
偕行社所属の専門家の手を経て、解読されて活字になっているもので、
それについて再鑑定を依頼することについては、相当の困難が予想されます。
私は最初、戦前の兵士の手紙がありそうな靖国神社か、偕行社に依頼しようかと思いました。
しかし、靖国神社の中に偕行文庫があるし、またこのような経緯では、
靖国神社も偕行社も、内部の立場によって、相当食い違いが出そうだと思いました。
現状は、政府もメディアも出版界も教育関係者も学会も、南京大虐殺を肯定している形です。
何と言っても、中国戦線における元陸軍将校であり、
東大歴史学を出て、歴史学研究会委員長も務めた、偕行社員でもある藤原彰氏等が、
疑問点を全く取り上げずに、証拠資料として偕行社編『南京戦史資料集』を作ったのです。
つまりその史料の真贋に太鼓判を押した形ですので、
それを疑う人が出るのが、難しい状態が続いたことは確かです。
日教組が「大虐殺あった派」であることは承知しておりますが、
一方では子供たちの教育に責務を感じておられる方々です。
いい加減な研究の結果を教育現場に持ち込んではいけない、と、
その点については、責任をお感じになるでしょう。
そこに一縷の望みを託したいと思います。
実は、私は2012年6月に、古文書学会向けに、
「南京事件元兵士日記の、偽作の証明に向けての一考察」(26枚)という論文を書きました。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html
(根拠史料として、幕末から昭和10年までの、著名人の手書き手紙画像174点をリンク)
ここでは私は、井家又一日記は偽作であり、解読者がこれを握りつぶした、という理解をしています。
つまり、解読作業に従事しながら、何も疑問を述べなかった、「偕行社所属の専門家」がおかしい、と思うのです。
もし仮に、残虐行為を日記に書くことを隠そうとして、
読めなくするためにいろいろ細工をしたという痕跡があるなら、
解読者の目には、まずその小細工が興味の対象になるでしょう。
読めないようにする工夫、とするなら、解読はできているし、
また、その工夫だけで、当時の検閲では怪しまれそうで、
そのような小細工に意味があったかどうかも疑問です。
とにかく、偕行社の解読者は、難読・不可解表記の一切について、全く言及することがありません。
これは、歴史研究の基本の「キ」を無視した姿勢です。
井家又一日記は、秦『南京事件』p281によると、秦氏が二人の元兵士から手渡された、ということになっています。
また、南京戦史資料集では17点もの日記が掲載されております。(他の本に掲載されている日記も多数)
戦時中は厳重な検閲で国内に事件の情報を持ち込めなかった、
だから、日本人は知ることができなかったのだ、と、言われています。(秦著、また笠原十九司著の新書)
しかし、ではどうやって日記を持ち込んだのか、その方法は?となると、
誰も調べようともしなかった、という不思議もあります。
(もしそういうことがあったなら、厳重な検閲とは逆に、抜け道が非常に多かった、ということになります。
情報管理が気になる方なら、突き止めるべき重要事項であるはずです。
戦前の検閲厳重を強調する立場なら、どうくぐりぬけたのか、を、まず気にしなければならないはずです。
それなのに、誰もがこの問題を無視しているのは不思議です。)
p191の中島今朝吾日記はカタカナの連綿です。
カタカナなら読み違いはないはずと思って読もうとしましたが、
読めないものを読んでいる部分がありはしないかと、気になりました。
p289の宇和多日記も疑問に思っております。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbannuwatayaitinikki.html
また、戦闘詳報などの公文書は、米軍押収後に、マイクロフィルムで返還されたものが数多くあるようです。
(歴史科学協議会編『歴史科学入門』三省堂1986年、p186藤原彰筆)
どれがマイクロフィルムなのか、私が見た限りでは特定しないようです。
しかし、史料が本物かどうかを確かめる、という、第一歩の作業手順からしたら、
旧敵国からの返還物の利用には、細心の注意が必要であることは、言うまでもないことです。
ここでも基本を無視しているのは問題です。
靖国神社に近い、元陸軍将校たちの団体が、その真贋判定が非常に奇妙に思われる、
南京大虐殺証言日記という文書群を発掘?(捏造加担?)して、
社会に流している、ような気がするのは不安です。
それを、政府・メディア・出版界・教育・学会・裁判等を通して、一般市民に拡大拡散しているような気がするので、
非常に不安に思っています。
歴史学的な「事実の検討の仕方」さえも、流通させられないこの社会は、どうなるのでしょうか。
南京大虐殺「あった派」であることを、今一度再検討してみていただけないでしょうか?