私の心に残る人々
2013・10・3
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小学6年の時に、尊敬する人物は?と問われて、いない、と答えたら、
担任教師に、人間とも思われない、悪魔を秘めた人間であるかのように、
執拗・卑劣で陰険、いやらしい猛攻撃にさらされたことは、述べた。
尊敬する人物は?という問いは、そもそも、ある心理学の先生が、
人物の性向を知るのに簡単な調査項目として取り上げたのが始まりらしい。
人は、特定の人物像を自分のモデルとして目標に掲げ、その人物に近づこうとするものだから、
誰をモデルにしようとしているかをしれば、答えた人物がどういう人なのか、知る手がかりになる、と。
そういう説明をしたのは、担任教師かもしれないのだが、
とにかく私の脳裏の中でそういうことになっている。
就職試験での問いにも良く出てくるようだったが、
私はこの質問は良くないと思う。
尊敬する人物と言われても、その人物全体が尊敬する人物として妥当かどうか、
そこまで、自分がその人物を知っている、というようなことは、まずない。
ちらりと聞き知る偉人を、自信を持って、尊敬する人物として挙げるのは難しい。
どんな人か、よく知っているわけではないのに。
人間って、そんなに簡単にわかるものではない。
大体、戦前と戦後で、あれほど人物評価のひっくり返った実例を知っている者には、
そう簡単に、この人物はすばらしい、なんて、感嘆するわけにはいかない。
よくよく、深く知っている必要があるのに、
自分は、それほど疑いなく、よく知っている人物はいないのだから。
どうしてそういうことを、心理学の先生は考えてくれなかったのだろうか。
ご自分は、特定の人物を真似して成長され、他の人も間違いなくそうだと、思って、
さらには誰もが、その先生の言う通りだと、思っていたのだろうか。
こういう想像には半信半疑ではあるが、この問いが普遍的に使われるようになったのは、
権威?がもたらす副作用の一例ではないか、とか、学問の未熟、とかいうことを、感じざるを得ない。
それに私は、無残な戦争を見て、これが止められない人間というものに、
非常に引っかかった。一体、誰を尊敬できると言えばいいのだろう。
15年も20年も後で、この質問に「いない」と答える子供たちの心理について、
「まだ誰も問題にしていないことを、その子供は問題にしている、ということだ」
と、解説する先生が現れたのを知ったが、私の蒙った被害を考えれば、この解説は遅すぎた。
しかし、「尊敬できる人ってどんな人?」と聞かれたら、別の答えが出てくる可能性もあるだろう。
それならいろんな人が思い浮かぶ。
中でも私が好んだのは、淡々と人類に貢献した人々である。
コペルニクス、メンデル。
当時も名声を博した有名人で不思議なのはガリレオ・ニュートン・デカルト・アインシュタイン等の数学的功績。
(デカルトの「我思う、ゆえに我あり」に対して、
私は、「デカルトは、人体の必要性と、他者からもたらされる言語の必要性、という考え方がない」
と、不満である。http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/mononomikata.2011.7.jinntaikujunnno.html
(アインシュタインは原爆使用をを進言したらしい。ここでは、業績と切り離して考えている。
相対性理論が生み出したものは、それだけではないから。)
それから、黙々と点字を作り出した人物、ルイ・ブライユ。等々。
黙々と前進するべく努力している人なら、自分の日常でも、たくさんいるではないか。
寺島弘隆氏の私に対する解釈は、何を差し引いても異常の極みで、普通ではない。
私の親は、寺島弘隆氏の心理調査で、尊敬する人物がいないと答えた私の、
性格悪の説明について、全く何と考えたらいいかわからず、鵜呑みにしてみる、しか、なかったらしい。
ということも思い出すのだ。しかし、暴力を振るった男生徒のことは、寺島氏の口からは聞いていなかったようだし、
私が売り言葉に合言葉で放った暴言についても、聞かなかったようだ。
寺島氏としては、それが私の忌まわしい致命傷になるからと、穏便に事を計ったつもり?、だったのではないかと思う。
しかし、5年時に、再々男子が私に暴力を振るっている、というのは、5年担任から話が回ってきていて、
相手方の親から、謝罪が来ていたのに。