丸い地球と戦前の子供

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ガリレオに関連して、不思議に思っている記憶がある。

地球が丸いということを、本で読んで感心した私は、
母に、「地球が丸いって、知ってた?」と聞いたのだ。

母「なに?」
私「地球。地面が丸いってこと知ってた?」

  「地球」という言葉は、私も既に聞き知っていた。これを母が知らないはずはない。

  しかし、その名前がすでに丸いことを暗示しているのに、それがその瞬間通じなかったので、
  私はそれを「地面」と言い換えたのである。
  その瞬間の心の動きのことは、自分のこととして記憶している。

  私は、母も、私の感動に共感してくれるだろう、という期待で声をかけたのだった。
  しかし、話はまるで違う方向へ展開した。

母「何をとんでもないことを言っている。地面が丸くてどうする。落ちるではないか。」
私「えっ????」
私は、今読んだばかりの本の説明を思い出して、絶句するばかり。

どうしたわけか、母親がそれを伯母に告げていた。
伯母「地面が丸い?地面言うたら、その果てはどないなっとんやろ?」

不思議に思うのだが、ペルシャの話をしていた祖母、点より小さな家の話をしていた祖母も、
知らなかったような姿で、私の記憶の中にあるのである。

   ただし、祖母のことはよくわからない。祖母は困惑して姉妹を見ていただけだった。
   私はそれを見て、祖母も知らなかったのだろうかと、思っただけである。

   祖母は南十字星のことを話していたこともある。
   祖父がそれを「見たことがある」と言っていたような記憶もあるのだ。

   意味不明だが、何でも書き出せば珍妙な記憶も出てくる。
   祖母が南十字星の話をするのなら、祖母が知らないはずはない、ということになる。

それが父親に伝わると、「フン」と、大いに馬鹿にするばかりで、答えもしない。

父親は航海の知識を持っていただろうから、母親たちの右往左往は、
極めて論外なことだっただろう、とは思う。


なんともおかしな記憶だが、この記憶に関連して、
戦前の母親世代の子供の科学情報は、どうなっていたのだろう、と疑問に思っている。

私が頭の中で、自分で作り上げた想像だ、というようなことがあるだろうか。


ある時、ネット上で質問したら、戦前の人間を馬鹿にしてはいけない、と、出てきた方がおられた。

私は、天皇神話の歴史教育と、地球は丸い、という話は整合性を持たないので、
戦前は地球は丸いという話は、教育ではなされていなかったのではないか、
という仮説を述べてみたのである。

その方は、天皇神話の歴史教育と、地球は丸いという話は別のものであって、
別に戦前の人間が地球は丸いと言うことを知らなかったわけではない、
とおっしゃったのだが、

しかしなんとその方は、戦前に京都大学の理系学部を出た方だった。
これでは話にならない。

というわけで、戦前に高等小学校を出て、女学校へ行ったとしても、
果たして地球は丸いという情報は、普通に手に入れることができたのだろうか?
ということを、疑問に思っている。

とりわけ国民学校時代、終戦末期に女学校へ行って、ほとんど勉強にならなかった世代はどうだったのか、
それを疑問に思っている。