所有 (尖閣諸島と中国)
2014・6・6・
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郷里の実家の土地登記は、確か明治の20年(1887年)代で、登記制度が始まってすぐだと思う。
以来、平和的安定的に所有を続けてきた。
日本では、民間の所有は、このような流れの中で成立し継続してきた家も、
多いだろうと思う。
日本では、富裕だから、という理由で、貧困層が、その人たちを殺したり追い出したり、
というような経験は、誰もしていない。
戦後のGHQの農地解放でも、居住地の没収・追放というようなことは、
誰も経験していない。
しかし中国では、中国共産党政権が成立した1948年当時、富裕層の大多数が、
殺されたり追放されたり、強制労働に駈り出されたり、あるいは国外逃亡して、
彼らの所有物件は、貧困層の間で分配されたり、政権側に没収されたりしたのである。
つまり中国では、不動産所有の、意味も概念も、日本とはまるで違う。
中国では、日本人が考えるような、平和的安定的に所有を続けてきた、
という個人の感覚など、政府や社会において、全く尊重されない。
日本人なら、国政参加し、言論で戦い、法律改正で社会の公正を期すること
を考えるだろう。
しかし中国は法律が尊重される社会ではないので、持っている者の持ち物は、
基本的にはいつでも没収できるし、必要ならば、そうするべき社会なのである。
(尖閣諸島)
尖閣諸島を日本領土としたのが、日清戦争勝利の結果、台湾割譲に至った1895年。
この時から台湾は日本領土となった。
1945年の敗戦によって、台湾は、日本から離れて中華民国に属するようになった。
しかし1945年以降も、尖閣諸島は台湾に近いけれども、中華民国(台湾)とは別で、
日本領土として、日本は所有を続けてきた。
それは、日本の継続的な民法制度の中で、安定的かつ平和的な所有として、
個人所有として認められていたものである。
尖閣諸島と日本国内では相当感じが違うことは予想されるが、しかし日本人としては、
放棄地であろうとも、自分の土地が勝手に誰かに没収されるなんて、
とても納得できないだろう。
台湾で日本人が持っていた土地は、敗戦でなくなったのだろう。
しかし尖閣諸島は、近時国が買い上げるまで、個人が持っていた。
これは、日本の法制下の平和的安定的所有として、国内の日本人の感覚と、
変わらないのではあるまいか。
それを中国は、清朝・国民党政権と変わり、
さらに富裕層・対立者大虐殺の結果成立した共産党政権になって時間がたって、
しかも周辺の海域に地下資源があると推定されてから、1971年以降になって、
中国のものだ、と武力行動をほのめかす。
私は、これは、かつて中国共産党が、自国の富裕層や、
対立する考え方の持ち主を処刑殺害・追放し、強制労働に従事させ、
彼らの持ち物を没収した考え方に、共通するものだと思う。
中国共産党が、力で持って勢力拡大すれば、平均的な日本人の、
個人所有という観念、自由と安全は、脅かされるだろう。
共産党に賛成する考え方の人々は、この、中国での、
自国の富裕層や地域の核となる人々、対立する考え方の持ち主、
を多数処刑殺害・追放し、強制労働に従事させ、
彼らの持ち物を没収した
事実に、触れない。
日本社会で上層階層・中間層に当たる人々と言うと、どういう人たちのことだろうか。
ご皇室、政治家、企業経営者、上級中級公務員、会社役員、大学教員、医師・弁護士。
富裕層と思われそうな人々は危険だ。
ちょっと上級だと言うことなら、普通の大企業の会社員、高校中学小学校の教員だって、
対立思想だと名指しされれば、迫害されたかもしれない。
神道・仏教・キリスト教というような宗教関係者も危険だ。
中国では、これらの人々が多数処刑され、迫害されたことを、よく考える必要があると思う。
中国は、何かと言うと、我々は他国に攻め込んで迷惑をかけたことはない、と言う。
(チベットや国境紛争の相手国は、違うことを言うだろう。あるいはウイグルも)
しかし、自国民は公開で大量に処刑し、所有物を没収し、強制的に行動させ、拘束し、
情報を操作し、言論や思想の自由を、束縛してきたではないか。
どこが古来からの信義と誠実と徳の国なのだろうか。
中国にもテクノクラートはたくさんいるだろう。
(テクノクラートとは、辞書の説明によれば、
高度の科学的知識や専門的技術をもって
社会組織の管理・運営にたずさわり、
意志決定と行政的執行に権力を行使する技術官僚。)
しかし彼らは、共産党幹部に、脅迫され強制され懐柔され洗脳され、
情報操作を受け入れたあげくに服従するしかない人々であろう。
問題は、共産党幹部とはどのような人々を指すのかということである。
私は、共産党政権創立の頃の、暴力と情報操作の成果を、
味わい尽くした人々ではないかと思う。
その人々は、かつては社会的立場も、財産と呼べるものも、教養も知識も、
持たなかった人々である。
戦闘で生き残り、権力闘争で生き残った幸運、そのための処世術、
が彼らの拠り所である。
彼らは、かつての権力者が逃亡し、処刑され、屈服するのを見、
莫大な富と、周囲の服従、暴力による強制力を手に入れた。
この人々に忠誠を誓った人たちだけが、党内で上昇できる。
大躍進政策で膨大な餓死者が出たように、文化大革命の大混乱を受容し続けたように、
現状の水や大気や土壌の汚染なども、
他国の要望や自国の上奏を受け入れるのは、幹部の面子にかかわる、
と判断されたら、対策が取られることはないのではないだろうか。
以上は仮説だけれども、中国問題関連の論客は、こんな話はしてくれないので、
自分の考えを書いてみたかった。