中国のイメージ

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1958年からの「大躍進政策」による大量の餓死者についての、
成り行きと結末を、私は以下のように理解している。

日本では、明治以来、公開処刑は廃止された、ことになっている(ウィキ)。
しかし中国では、近年まで公開処刑は普通であった。

公開処刑が、日本で、民衆のお祭り騒ぎを招いたなんて話は、私は聞いたことがないが、
ヨーロッパでは、民衆の娯楽的な側面を煽る部分があった?らしく、
お祭り騒ぎだったらしい。 

 (これは一体何の違いだろう。上層武士同士の権力闘争の敗者が死を賜った場合、
  名誉の尊重から、民衆参加型にはなりにくかろうし、罪人が泥棒でも、
  裁くのは武士であって、やはり民衆参加型にはなりにくい、ということだろうか。)

そして中国では、共産主義中国建国当時、富裕層や国民党に対する公開処刑は、
大量かつ日常的なことだった。これは、民衆に恐怖心を植え付けるのに充分だったと思う。

下位者が上位者に上奏するのは、秩序重視の社会では常に難しい面があるが、
中国上層部の権力闘争でそれが不可能となった時、

民衆は、上層部の命令がでたらめでも、何も考えずに、嘘をついてでも、
自己防衛のために、絶対服従の姿勢を崩そうとしないものである。

     (あるいは、ごますりや悪乗りで嘘やニセモノを提供する、
      「民衆の悪風」とでも言うようなものが、中国にはあると、私は思う。)

それが、「大躍進政策」の時の、生産誇大報告という嘘の集合を、巨大化した原因だと思う。

この場合の民衆とは何か。地域の核となるべき人々がみんな沈黙してしまい、
上層部の言うことがでたらめに見えても、決して反対しないで、その通りだと言う人々。



私は、自分の母親のような人たちだろうと、そんな気がするのだ。


2014.6.6.追加

爆発的に売れた『ワイルド・スワン』に、日本の満洲支配末期の頃の話がある。

著者の母と同じ女学校の生徒が、日本軍の武器庫に侵入して、
同級生達の見ている前で公開処刑された話だ。

日本人校長が、女生徒たちに、その女生徒の公開処刑を見るように、
強制したそうである。

日本ではとっくになくなっていた公開処刑を、女生徒に対して日本軍が決行した、
そしてそれを、日本人校長が、女子学生達に見るように強制した、
なんてことが、あるだろうか。

世界中で読まれた本である。著者の執筆事情を配慮して読むべきだろう。
著者の母親が、著者の住むイギリスまでやってきて情報提供し、

著者の母親は、中国在住を続けた共産党員であるからには、
書いていい事と、悪い事というのは、中国共産党の意図を含んでいる可能性がある。