現代文・今井『歴研法』4の2史料批判・内的批判

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(二)内的批判

(1)可信性の批判()
 外的批判によって、史料の外的性質ないし価値、すなわち真偽、起源、本源性が決定されるのであるが、
これではまだ、その可信性()信憑性()は、決定されない。
すなわち、それをどの程度に信じるべきか、それがどの程度に証拠力を持つか、は、不明である。

 もとより史料を「遺物」として扱う時、それは偽作または錯誤でなければ、十分に可信性を持つ。
だから、「遺物」は、可信性の批判の対象にはならない。

 しかし史料が証言である場合においては、その可信性はまちまちである。
実際、同一事実に関する直接の証人の証言が、矛盾している事は少なくない。
その場合、一方が正しいとすれば、当然、他方は誤謬もしくは虚偽でなければならない。
さらにまた、双方が、誤謬または虚偽であることもあり得るのである。
この可信性の吟味が、内的批判の任務である。

 この可信性の吟味について、報告ないし証言は、次の二つの点において評価されなければならない。
すなわち一つは論理的評価で、証人は真実を述べることができたのかであり、
他は倫理的評価で、証人は真実を述べる意志があったのかである。

**(ここまで「陳述」を「証言」と変換してきたが、「陳述と証言」という文が出てきた。
ここではこの「陳述」を「報告」に置きなおした。再考の余地あり。)
***

 史料の可信性は、論理的または倫理的に、真実が歪曲される事によって損なわれる。
すなわち錯誤()と虚偽()が原因となるのである。
従って、史料の可信性の考察には、錯誤と虚偽が、いかにして起こるかを吟味する必要がある。 

 錯誤はいかにして起こるか。それには次の理由が考えられる。 

〈1〉 感覚の錯誤 人が事件を認識する時、それは多くの感覚的認知が基礎となり、それが統一されるのである。
だからまず、感覚的認知に錯誤があってはならない。
それにはその人間が、生理的・心理的に病的でないこと、また対象に対する距離が正当であること、
妨害がないこと、十分注意力が働いていること、等の条件が整わなければならない。
これらの条件が欠ける時、当然錯誤が起きるのである。 

〈2〉 総合の錯誤 一つの事件は細かい個々の感覚的事実の総合である。
人の悟性がその個々の要素を論理的・心理的に結合させるのである。
その総合において、常に前の経験ないし知覚に基づいて類推が働く。
この際、主観的要素がともなうことは免れない。
ことに先入観、感情等が働く時、判断を誤り、錯誤を起こすことになる。

〈3〉 再現の錯誤 人が事件を述べるには、過去に認識した所を記憶によって再現しなければならない。
しかしながら、完全な記憶などというものは、全くの例外である。
そのために前後の誤り、時と所との誤りなどが常に起こりやすい。
覚書、自叙伝等において、誤謬のあることはしばしば見る例である。
ことに時間をへだてる程、その記憶に誤りを生じ、思い違い、脱漏が多くなるのである。
これには感情的要素も働き、経験的事実に誇大美化等が起こってくる。

〈4〉 表現の錯誤 証言は言語的形式において表現される。
しかしながら言語には不完全性があり、内容が常に適切に表現されるとは限らず、
そのためそこに錯誤が入り、証言する本当の内容が、そのまま他人に理解されない、ということが起こるのである。

 各人が観察した事実の直接の証言において、錯覚が起きる一般的基礎は、以上の如くである。

 かのサー・ウォルター・ロリー()が、みずから窓から目撃した街の出来事について、
他の目撃者によって語られたことと、自分の観察とが、本質的に異なっていたので、
執筆中の世界史の第二巻の草稿を火中に投じたという逸話は、
上述の錯誤の一例を示すものと解釈できるのである。

 直接の観察者の証言にすら、錯誤が入ることを免れない。
いわんや証言者が直接の観察者でなくその事件を聴取した人である時、
誤解、補足、独自の解釈等によって、さらに錯誤が入る機会が多いのは、当然である。
ことに噂話等のように非常に多数の人を経由する証言は、
その間にさらに群集心理が働いて、感情的に、錯誤はますます加わるのである。

 次に虚偽にもまた種々の系統がある。
たとえば自己または自己の属する団体の利害に基づく虚偽、
憎悪心、嫉妬心、好奇心から出る虚偽、
公然あるいは暗黙の強制に屈服する虚偽、
倫理的または美的感情から事実を教訓的にまたは芸術的に述べる虚偽、
病的変態的な虚偽等である。
また沈黙が一種の虚偽であることがある。

 歴史学の史料としては、利害関係に基づく虚偽、倫理的または美的感情から出る虚偽が最も多いであろう。
近代以前においては、歴史目的の誤謬、すなわち歴史を教訓的に、または芸術的に述べる傾向があり、
その記事が倫理化美化されていることが多数であり、
それらの記述を史料とする時は、常に警戒を要する。
また伝記の作者も、自然、この傾向があることを免れないであろう。

 このように証言的史料には錯誤または虚偽の機縁が多く考えられるのであるが、
しかしだからと言って、全面的な歴史的懐疑、または歴史的真実の否定に陥るべきではない。
個々の史料について可信性を吟味し、厳密に方法的にこれらを取り扱う事によって、
ある真実をその中に認識することが可能なのである。

 なお、証言に対して遺物が補充手段を提供する。
それを利用することによって、証言からの真実の認識を確かめることができるのである。

***(私注:ここでの「真実」は、原書では「真理」です。ほかにも以前、この改変を行ったところがあります。以下同様の疑問あり)**

 史料の証言の真実を損なうものは、錯誤および虚偽である。
そのため、可信性の批判では、個々の史料について精細に、錯誤および虚偽の可能性を考える必要がある。
そして、証拠として採用する要素を、これらから開放しようとすることである。

 そしてそのためには、史料を、外的批判の結果に基づいて、
@その性質、Aその日時と場所および作者、の諸角度から検査することが必要とされる。

 史料の性質 
 前述のように、遺物は本物である限り、可信性の吟味の対象とはならない。
文献も全体的に(勅令、法律、条約文、文学的作品のように)あるいはまた部分的に、
遺物である範囲の性質において取り扱う時は、他の遺物と同様である。

 可信性の批判は、もっぱら証言的史料に対して必要である。
ゆえに、それについては、つぶさにその外的および内的な性質に従って、吟味を必要とする。

 たとえば外的性質に基づいて、口頭での証言、文字による証言に大別し、まず口頭での場合を考える。
すると、それにもまた種々の種類があり、本人直接の話は錯誤がもっとも少なく、
それが又聞き、すなわち間接的な話となると錯誤が入りやすく、
ことに時間的・人間的に間接の度が増して、広がるほど、遠くなるほど、真実を損なってくる。

 伝説はその著しいものであって、一般に、長く伝わる間に
@誇大・美化・理想化、A集中、B混合等が行われる傾向を持つ。
現在文献化している証言であっても、かつて相当の期間口伝的であったものは、この性質を帯びており、
伝説口碑として扱う用意が必要である。

 また文字による証言は、外的性質によって、
公私の往復文書、宣言書、演説、新聞雑誌の記事、日記、覚書、回想録、系図、歴史書、年代記、伝記、
その他種々の種類に分けて、大体その性質を考察し、さらにその史料の一つ一つについて、その証言の内容を吟味する。

 同じ公的往復文書であってもその性質は種々に分かれる。
たとえば外交文書のようなものは、フリーマンをして
「われわれはここに、虚偽の最も選ばれた分野を持つ」()と言わしめている種類である。
しかし同じ外交文書であっても、その文書の目的の相違等によって、その内的性質は一様ではない。

 要するにある種の傾向のある、たとえば「利害関係を有する」証言、
「宣伝的性質を持つ」証言、「道徳的ないし芸術的効果を目的とする」証言等については、
特に真実の歪曲を予想するべきである。

 日時と場所および作者 
 史料の可信性を批判するについては、その史料の性質を考察するだけでは不十分である。
そしてそれを補うものが、日時と場所および作者の関係である。

 日時と場所については原則的にはすこぶる簡単であり、一言でいえば、
証言が時間においても場所においても、その証言する内容に近いほど可信性があり、遠くなるに従ってそれが減少する。
即座()の証言が理想である。
実際においては、時間は近いが場所が遠くでなされる証言、場所は遠いが時間が隔たってなされる証言等があり、
一つ一つについて、その可信性が吟味されなければならない。

 わが国の古代史において、魏志の倭人伝の記事は、時が近く場所がへだたって作られた史料であり、
古事記・日本書紀は、場所が近く時がへだたって作られた史料である。
こういう場合、時と場所との、へだたり方の程度によって、その可信性が批判されるのである。

 作者については、その証言の論理的真実性および倫理的真実性を作者によって判断するのである。
すなわち作者と事件との関係、その素質、性格、教養、年齢、性、職業、階級、党派、宗教等の関係によって、
その証言における錯誤ないし虚偽の可能性に、種々の等差があるはずである。
そしてこれらの等差の考察は、実際においてはすこぶる複雑である。

 たとえば事件の当事者の報告は、その事件を最もよく把握している人の証言である点において、最も価値がある。
それは口頭での証言の際に述べたように、文字による証言においても、
直接の証言は間接の証言より、理論的に錯誤の可能性が少ないからである。

 しかし一方、当事者はその事にもっとも大きな関心があるために、
時として、利害関係、虚栄心等から、真実を隠匿する傾向がある。

この点においては、第三者の証言の方が、可信性が多くなる。
論理的真実性はあっても倫理的真実性が欠け、錯誤はなくとも虚偽が入るのである。

 実際においては、ある史料の作者について十分な材料が欠けている事が多く、
したがって種々の関係を知る事は困難であり、
また多くの場合、必ずしも全部の関係を知る必要はないが、
一切の証言において、その作者の人間を顧慮することが、その可信性批判の重要な標準となるのである。

 なお、事件に関して、作者の主観が大いに入っている意見・批評等よりも、
その証言の要素をなす素朴な各事実が重要であり、
意見批評等は、むしろ遺物的な要素として見るべき
である。

 作者に対し、ラングロアおよびセーニョボスは、虚偽の有無について、
@作者の利害、A事情の力(職務的報告かどうか等)、B同情、反感、C虚栄心、D世論への服従、E文学的歪曲等
を考察すべきであるとし、
また錯誤の有無について、
@悪い観察者でないか(錯覚、幻覚、偏見等)、
Aよく観察できる地位にいたか、
B怠慢および冷淡、
C直接に観察できない性質の事件でなかったか、
等を考察するべきである、としている。

 これらは直接の観察者の場合であるが、錯誤および虚偽の起こる事情から見て、
大体適当な注意の条項であると言えるだろう。


(2)史料の価値の区別

 可信性の吟味によって、史料の価値を判断する標準が立つ。
史料の価値について、坪井博士は次のように六つの等級を付けられた(史学研究法)。

一等史料 史学事項の起こった当時、当地においてその当事者が自ら作った史料、
たとえば主たる当事者の日記の類、参謀官のメモ等。

二等史料 史学事項の起こった当時、当地にもっとも近い時代・場所、あるいは当地ではあるが時代がやや隔たっている場合に、
当事者が自ら作った史料すなわち追記の精密なもので、
記憶により証明する場合、普通の覚書記録の類の上出来なものである。
古文書も過ぎ去ったことを往々述べるが、その場合はこの部類である。

三等史料 一等と二等とをつなぎ合わせ、それに連絡をつけた種類のもの、まずもっとも上出来な家譜、伝記、または覚書等。

四等史料 大体から見て、年代・場所・人物が、まず差し支えないと思われるが、
明白でないもの、またそれは明らかであるが古いために転写され、混入、脱漏、変化がありそうだと考えられるもの、
建築物、地理等はこの類である。書籍にもこの類が多い。

 以上を根本史料とする。

五等史料 編纂物の上出来なもの。すなわち根本史料により科学的に審査し、公平に編纂したもの。

等外史料 その程度のさらに落ちた編纂物、伝説、美文、歴史画、その他。


 これに対し、大類博士は次のように記されている。(史学概論、昭和9年版)    (私注:大反論の開始です。)

*******
 以上は坪井博士の説かれた所で、その史料の等級別は、
当時、当地、当該人物を主とする当該主義(仮にこのように呼ぶ)に拠られたものである。
すなわち何でも事実と直接関係の多いほど、信用すべきものであるという方針に他ならない。
これはもとより至当の方針で、関係の深いだけ、それだけその事件の真相に通じている、という次第である。

しかし(中略)当該主義もまた絶対的な方針とは言われない。
結局は便宜上の方法に過ぎない。
このような方針によって等級を付けるのは、決して厳正な意味においての科学的態度ではなく、
要はただ、大体において当該主義は妥当な方法である、と、心得てよろしいのである。

 元来、当該主義によって、上記のような明瞭な標準を立てて、史料に等差をつけるのは、問題であろう。
でき得れば、等級なるものは廃止するのがよろしい。
もとより史料は死物である。これを活かして使うは、一に研究者の技量に待つ次第で、
その技量いかんによって、利刀ともなり、鈍刀ともなるのである。

そうして史料の意義は、史学研究の材料となること、すなわち史学研究に役立つことにあるのであるから、
等級を付けるならば、それは研究に役立つ程度の区別であらねばならない。
しかるに研究に役立つことは、研究者の識見技量によっていかようにも変ずるから、
その場合場合に応じて、等級は常に変更するのである。

 要するに等級別は、史料そのものにあるのではなくて、研究者の頭脳にあらねばならない。
つまり、上記のような数等の段階は、史料の価値の区別ではなくて、ただ史料の性質の分類に過ぎないのであった。
すでに分類に過ぎない以上、一等とか二等とかいう名称を用いて、価値の等差と混同させるのは、よろしくない。
ことに等外史料を軽視して、この種の史料は、尋常一様の史学研究にはまず入用のない部分であると説かれたのは、
首肯し難いところである。

 要するに、史料の価値は、当該主義によって定めることはできない。
ただ便宜上当該主義に当てはまるものほど、信用できる場合が多い、というに過ぎない。
われわれは、まさに史料そのものに等級を付けることをやめて、
研究問題の起こるたびに、その研究に最も有力な内容を提供し得るものを、一等と心得、
以下、程度に応じて便宜上それぞれの等差を仮定するべきである。

 そうしてその標準は、必ずしも当該主義による必要はなく、
自己の研究に役立つことを標準とするべきである。
もちろんその等差は、便宜上の一時的な仮定で、絶対的なものではない。

*******
 以上は大体当を得た主張である。
しかしその等級別反対の根拠とされるところについては、若干の異議がある。
それは
「史料は死物である。これを活かして使うは、一に研究者の技量に待つ」
「要するに等級別は、史料そのものにあるのではなくて、研究者の頭脳にあらねばならない。」
という点である。

 これはこれ自身としては確かに正当である。
しかしこのことを史料の価値批判にまじえるべきではない。
史料の価値は、研究者の素質から離れた理論的根拠から吟味されなければならない。
例えばある良書はある読者ににはなんら役立つところはない。
従ってその人にとってはなんらの価値はない。
しかしなお、理論的にそれが良書である、価値が高いと、言えるのである。

 これについて、野々村戒三氏が、語弊がある、と言われているのは至当である(史学概論)。
そして理論的に見て史料の等級別なるものは、次の点から反対されるであろう。

一、  前述のように証言的史料は一面においてまた遺物として採用され得る。
   証言として価値がなくとも、遺物として役立つのである。
   従ってその価値は研究者の頭脳を離れても、史料としての採用され方によって変化する。
   それゆえに、一つの史料を単純に、一等とか二等とかすることはできない。
   ただ、ある事件の証言として価値に等差があるということにすぎない。
   だからそれによって、
   その史料そのものに、固定的な等級をつけることはできない。 

   社会を実写した「芝居、狂言、流行歌、川柳、小説の類」は、一時代の社会を研究する時、
  欠くことのできない証拠物となることは、坪井博士も認められているところである。
  この場合、欠くことのできない証拠物を等外に落とすという矛盾は、
  史料の一性質の持つ価値を、その史料の全体的価値としたところから来るのである。
            (私注:原文、その史料の全体的発展に価値させたところから)
  要するに明確な史料の等級別を立てることは、史料の価値の区別のある場合の標準を、
  その当然の範囲以上に拡大させ、不自然に固定化させるメカニズムである。

二、 史料の等級別は、十分に包括的かつ明確ではありえない。
  例えば坪井博士の等級別において、一、二等の史料では、人間として専ら当事者が着眼されているのみであるが、
  当事者のほかに多数の人がその事件の報告者であり得る。
  そしてその場合、直接の観察者の証言のようなものは、すこぶる価値が高いとしなければならないものであるが、
  それらはいずれの等級に加えるべきだろうか。
  また事件の後、まもなく関係者から聴取して記述した証言のようなものは、いかなる等級だろうか。
   所詮、等級を立てる以上、必ずこのような疑問が起きるのを、免れることはできないであろう。
  史料をただ証言として見ても、実際においてその性質は多種多様であり、その価値の関係も又、非常に複雑であり、
  全体を包括し、明確に区別する等級別のようなものは、到底立て難いであろう。

三、 当時、当地において当事者の作成する文書にもまた等差があり得る。
  例えば当事者の、全く事務的なもの、または私的なものと、政略的または宣伝的な性質のものとは、異なるのである。
  もとより政略的宣伝的なもの遺物としては大いに価値があるが、それは証言としての価値ではない
  さらに当事者の追記となれば、時として自己弁護等が加わり、錯誤のみならず虚偽の入り込む可能性がある。

   欧州大戦の多くの当局者の追記的証言に、すこぶる可信性の等差があると言われるのは、これについての明らかな証拠である。
  当事者の証言を重んずるのは、その論理的真実性についてである。
  しかし倫理的真実性の要素をくわえれば、いわゆる当該主義は、破綻を来たさざるを得ないのである。

 史料の可信性の批判において、時間・場所・および人間の関係をよく考慮し、これを価値判断の標準とすることは、
研究法の書物がすべて一致するところであり、その点について疑問はあり得ない。
ただそれは、しゃくし定規的、機械的でなく、それぞれの史料について十分有機的になされることが肝要である。


(私注:大反論ですが、坪井博士の発言がなかったら、この文章はないことになります。

時間空間を経て、事件当時の情報がどのような形で存在しているかについて
一般の人は全く考えたこともない、ということが多い。
ただ歴史家が語る話を、なぞるだけ、というのが一般的なパターンだと思います。

ここで想像してみたらどうかと思います。
誰もが歴史を読みながら、
史料というのは、実際には、時間を追うごとにこのような状態になりうる、
ということを知っていたらどうなるか。

人は、書かれた歴史を鵜呑みにすることなく、史実の奥行きを、これまでよりもはるかに深く、感じることができるでしょう。

だから、坪井博士の例示は、一つの事件に関して、想定できるパターンとして、わかりやすい例となっていることは確かです。
史料の等級の話ではなくて、別の大事な話のきっかけを作っていると、私は思います。

今井が提示している史料批判実例「塩尻峠の合戦」も、結局そういうことなのですから。)