西方から来た秦王族:参考文献リスト
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私の「仮説」の一番の資料は、何と言っても、私の祖母の、奇妙な話の記憶である。
長い間、あまりにもおかしいので、自分で封印してしまっていた記憶が、
ふとよみがえったのは、1990年代半ばであった。

細切れで時間的にも飛んでいる、奇妙な記憶の意味するところを、
本を読みながらいろいろ考えた挙句、私は、祖母の話について、以下のような自分に関する「仮説」を組んだ。

私の祖先は、古墳時代にはすでに日本に来ていた、ペルシャ人である。郷里には船でやってきた。
祖先は、竹のまきすのような物を本とし、かなりの量を持っていた。
私は郷里の古墳の被葬者の子孫である。

この自分についての「仮説」を基本に、私は古代史の本をあちこち読んだ。読みながら、
古墳時代以前の日本の歴史について、その不可解さに直面しないわけにはいかなかった。

私が聞いた話は、日本史上でも重大な話である。一つでも本当であるならば、日本史が覆るであろう。
これは私の先祖の話ではなくて、日本史の話ではあるまいか。

そう思って考えたのが、「日本書紀の情報欠落と王朝交代の可能性」「仮説・古墳時代正史」「秦始皇帝の一族」である。

古墳時代以前のペルシャ人が、どうやってこの日本に来るのか、
ということで、古代ペルシャ関連の基礎知識を集めていて見つけたのがこの本の情報だった。

中公バックス『世界の歴史1・古代文明の発見』昭和57年(1982年)p344、
                               p354「ヤマトの語源ヤマトバル」

この本には、古代文字解読のスリリングな話も載っている。
そしてこの本で、エラム人の本拠地ヤマトバル、ということで、エラム人に注目することになったのだった。
白黒混血まで一致する民族があるのだ。

次に、たまたま、ご近所の方が、廃棄処分しようとしていたのをいただいた、のが以下の本だった。
研究者の関心が変わると、わかっていても以後の歴史書には書かれない情報もあるようなので、
この本を手に入れたのは運が良かった。

岩波講座『世界歴史1』1969年版より「オリエント世界形成期の諸民族」(アケメネス朝ペルシャのドラヴィダ系エラム人)

岩波講座『世界歴史1』1969年版より「古バビロニア時代の政治的変化(イシン・ラルサ時代) 


アケメネス朝ペルシアについての基本知識

中公バックス『世界の歴史1・古代文明の発見』昭和57年(1982年)「ペルシア帝国・王の目、王の耳」

岩波講座『世界歴史1』1969年版より「アカイメネス(アケメネス)朝ペルシア」(エラム人の影響)


秦始皇帝・ペルシア帝国との類似点
    中公バックス『世界の歴史1・古代文明の発見』昭和57年(1982年)より